中国ーシンガポール蘇州工業園
 
 
     今年7月23日付のカナダ最大の全国紙「グローブ・アンド・メール」に「メードインチャイナに新たな意味合いが加わる」と題する記事が掲載された。同記事では、蘇州工業園区蘇虹路に位置するカナダ電子機器製造業大手「セレスティカ」(本社:オンタリオ州トロント市)の子会社「天弘(蘇州)科技公司」の例を取り上げ、メードインチャイナの新たな様相が紹介された。同記事には初めの部分で「天弘公司の工場では作業用の長靴をはく必要はなく、使い捨てのシューズカバーをはくだけでよい。同社の蘇州の電子製造工場に入る前に、見物者は必ず機械の上を通ることになっており、この機械が自動的にシューズカバーをはかせてくれる。薄くて軽いブルーのシューズカバーは、路上で見学者の靴に着いたほこりが、セレスティカがここで生産している精密電子機器や医療設備を汚染することを防いでくれる。
     蘇州工業園区は開発建設の17年にわたって、電子情報、機械製造、バイオ医薬、新材料産業を主体とするハイテク技術産業群が次第に形成されてきた。17年間、園区工業経済の総量と総合実力は絶えず拡大を続けている。1994年、園区工業総生産高はわずか35.86億元だったのが、2004年には1,500億元近くに上り、2008年には3,000億元近くと生産高倍増を実現した。14年で80倍以上増加した計算だ。1~9月は工業生産高3,150億元達成の見込みで、昨年比19%の成長である。そのうち、新興産業生産高が1504.6億元(蘇州市範囲)で、29.4%の増加をみているほか、売上高500万元以上の企業全体の工業総生産高に占める割合が52.8%にのぼり、蘇州市全域のトップを保っている。
     サムスン電子(蘇州)半導体有限公司(SESS)は園区に進出した最初の外資企業である。同社は10年以上にわたる発展の中で絶えず転換を遂げてきた。1994年12月にサムスン半導体公司が登記成立した。1996年、サムスン半導体の最初の生産ラインが運用を開始し、その後二つ目の生産ラインも加えられた。初期のサムスン半導体が生産していたのはTR.DIP類のローエンド製品のみだった。2003年には、三つ目の生産ラインが完成し運用をはじめ、サムスン電子の主力コア製品であるDRAMの生産を開始した。これによりTR.DIPなどのローエンド製品からDRAM、Flashなどの最先端製品への抜本的な変化を遂げたのである。現在同社の生産するDDR3メモリは46ナノ技術を採用している。これに対し世界一般で用いられている技術は50ナノ以上である。今のところこの技術を使ってDDR3メモリを生産できる工場は世界に二つしかなく、サムスン半導体はまさにそのうちの一つなのである。 近年、サムスン半導体のようにメモリをDDR2からDDR3にアップグレードして、製品構造のアップグレード・モデルチェンジを実現した企業は園区にもたくさんある。
     「経済業務の核心は費用対効果」であるのに対し、商品は費用対効果を高める手段。一方、熾烈な市場競争の中で、商品の費用対効果を高める手段としての役割を発揮させるには、技術や理念のイノベーションを通して、商品に競争力を持たせなければならない。園区では商品の転換・アップグレードにより業界の頂点に立っている企業をつぶさに観察すれば、これらの企業の発展軌跡は上記法則と密接に関係していることに気づくだろう。
     蘇州工業園区は開発建設の初期に、必然的な「資源招致」の段階を経験してきた。比較的コストの低い土地や労働力、優遇政策により多くのグローバル企業が労働密集型の生産基地を園区に設立するようにしてきた。園区開発建設の初期において、資源消費と政策企業招致の方針は見過ごすことのできない大きな功績を残し、それこそが今日の園区を作り上げているのである。しかしながら、園区経済の発展に伴って土地資源の不足やビジネスコストの上昇などのボトルネックが次々と現れるようになり、園区の優遇政策も次第に国内のほかの開発区に追随され大差ない状態になってきた。 この状況をどうすべきだろうか。園区の戦略は世界のミドル・ハイエンド産業競争に積極的に加わり、整った産業クラスターを構築するというものである。
 
     
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