2008年、中央政府が開始した「千人計画」(海外ハイレベル人材招致計画)は、5年から10年のうちに重要技術を攻略し、ハイテク産業と新興分野の戦略を発展させる科学者やリーダー人材を2000名以上招致し、イノベーションを推進していくというものである。
   現在、蘇州工業園区にはすでに各分野の留学生が3000人余り集まっており、幾百社ものテクノロジー型企業が設立されてきた。2009年10月に、園区は「国家海外ハイレベル人材イノベーション創業基地」の称号を獲得し、蘇州では唯一また江蘇省に3つしかない基地の一つになるという名誉を受けた。海外ハイレベル人材イノベーション創業基地は中央政府が「千人計画」を実施する上で重要な役割を果たしている。2010年6月現在、中央組織部が公表した4陣「千人計画」の名簿の中に、園区から11人が入選しており、園区は蘇州市で首位、全国の各基地の中でもトップクラスに位置している。
 
 
 
第4次「千人計画」に園区から3人が入選 総人数は蘇州でトップ
     6月22日、中国共産党中央組織部が全国第4次「千人計画」(海外ハイレベル人材招致計画)のリストを公表した。蘇州市全域で7人が入選し、そのうち3人は蘇州工業園区からの選出である。その3人とは、蘇州旭創科技有限公司の劉聖氏、百奇生物科技(蘇州)有限公司(Abgent Biotechnology)の呉純氏と盛科ネット(蘇州)有限公司(Centec Network)の孫剣勇氏である。これまで園区からは累計11人が「千人計画」に入選し、蘇州全域(全部で19人が入選)でトップとなっている。 劉聖氏は2008年上半期に国際科技園に旭創科技公司を設立した。... [詳細]
 

劉継明氏:世界トップのユニファイド·コミュニケーション商品を作る
   劉継明氏は蘇州工業園区で最初に「千人計画」に入選したハイレベルイノベーション人材である。彼は今、大きく勢いづいているユニファイド·コミュニケーション産業に従事している。たった1年という短い間に、劉氏は音声·データ·安全·リアルタイムを組み合わせた世界トップレベルの通信商品Office Ten企業セーフティゲートウェーシステムを開発したのである。この商品が世に出たのは、通信業界のプロバイダが業務方式の転換に向かっている絶好のタイミングで、企業の通信ITを一体化させるというユニファイド·コミュニケーション商品市場において、トップの地位を固めたのだ。
   劉継明氏の網経科技公司(Itibia Technologies)は国際科技園にある。網経科技社は企業の支店機関·中小企業·ネットワーク管理会社に次世代ネットワ...[詳細]
網経科技公司(Itibia Technologies)総裁
 
中国科学院蘇州ナノ所研究員
崔錚氏:海外の進んだ理念をナノテク研究所に導入
   崔錚氏はイギリス·ラザフォード国家研究所マイクロストラクチャーセンターの首席科学者でマイクロシステムテクノロジーセンターの主任である。1989年から2009年にかけて、崔氏はマイクロナノ加工の分野で20年も働いており、豊かな知識と経験を備えている。2009年に蘇州ナノテク研究所に加わり中国科学院蘇州ナノテク研究所の研究員となった。
   崔錚氏によれば、先進国家の研究所やラボと比べても、今の蘇州ナノテク研究所は技術成熟度や設備条件において見劣りするものではないという。「私が学んできた海外の進んだ管理理念をナノテク研究所で役立てることができるのはうれしいことです。私は新たな研究目標を持って帰国しました。今はそのグループメンバーの募集を行なっているところです。」
   「千人計画」は国家の政策によるサポートだけでなく、地方の関連政策によるサポートも受けている。崔錚氏は「蘇州工業園区管理委員会の。 ... [詳細]
廖良生教授から見た園区:見れば見るほど味わいがある
   廖良生教授は半導体物理と半導体部品物理、応用表面科学と界面物理、有機半導体部品、半導体薄膜材料の研究に携わっている。2000年12月に米コダック社研究開発部の研究員となり、有機半導体部品研究を行なった8年間の間に50件以上のアメリカ特許を申請した。米コダック社からは「優秀発明者」などの賞を受けている。
   廖良生教授は2009年3月に蘇州大学に来て、独墅湖高教区にある機能性ナノ·ソフトマター(材料)ラボで働いている。
   廖教授はこのように述べている。「園区のデザインはとても素晴らしいと思います。景観や彫刻像はどれも考えられたもので、みれば見るほど味わいがあり、特別で人を奮い立たせる雰囲気を作り出しています。」...[詳細]
蘇州大学機能性ナノ·ソフトマター研究院副院長
 
蘇州有色金属研究院 鋳造研究所所長
有色金属研究の専門家、「千人計画」入選者の長海博文氏に聞く
   2010年1月17日、祖国の母親からの呼び掛けに応じて、日本国籍華人の長海博文(張海)氏が中国に戻り、蘇州工業園区にある蘇州有色金属研究院有限公司で鋳造技術研究所の所長と教授を務めることになった。研究開発に携わりつつ、博士課程の大学院生を教えるという仕事を受け持っている。
   一般的な「海外留学帰国者」と違い、長海氏はすべてを後にして帰国した。日本での仕事を残しておいたりせず、中国での仕事に専念するために帰ってきたのだ。そうでなければ全身全霊を傾けて一つのことを成し遂げることはできない、と長海氏は考えている。
   長海博文氏はこのように語っている。「私は軽金属の分野で一定の研究成果を持っていますし、自分の研究成果を十分活用して中国国産自動車と先進国の自動車生産技術との隔たりを少しでも埋めたいと思っています。」 ...[詳細]
張克勤氏:科学技術を用いて中国シルク産業のアップグレードを促進する
    張克勤教授は蘇州大学で二番目に国家「千人計画」に入選した学者である。
    張克勤氏は2000年12月に南京大学理学博士号を取得し、2000年12月から2002年1月までドイツのマックス·プランク金属研究所で表面科学とエピタキシャル成長物理研究を行なった。そののち2002年8月にシンガポール国立大学物理学部で研究員を務め、シンガポールで7年にわたりソフトマター·生物物理·生物と多機能複合材料の研究を行なった。
   2005年9月にはシンガポールのリー·クアンユー基金会が資金援助するリー·クアンユーポスドク研究基金を受賞した。世界でもたった3名の受賞者の一人になったのである。また2007年にはシンガポール優秀青年科学者賞も受けている。
    2009年後半、張克勤氏は博士研究科の指導教官として蘇州...[詳細]
蘇州大学現代シルク国家工程実験室で研究業務に携わっている
 
蘇州吉瑪基因会長兼ゼネラルマネージャー
張佩琢氏:学んだことを生かして園区に貢献
   吉瑪基因薬物科技有限公司(Genepharma)の張佩琢氏は蘇州市のバイオ医薬分野で初めて「千人計画」に入選したベンチャー型人材である。
   張佩琢博士は15年にわたり計算化学分野の学術研究·製品研究開発·工業化生産·販売に従事してきており、3件の特許を持っている。2003年には、上海に吉瑪製薬有限公司を創設した。3年前、張佩琢氏はバイオナノテクパーク内に企業の本部を設立することを決めた。その理由について張佩琢氏は、蘇州工業園区の施設条件は一流で地理的にも優れており、政府サービス団体の効率の良さや、資金サポートなど投資家の利便性を図る体制が企業の発展を促すことになるからだと述べている。
   吉瑪基因が生産するRNAモノマーはいま国際市場において1キログラム当たり数万ドル以上で取引されている。さらに同社の生産するsiRNAは国際市場におい ...[詳細]
景建平氏:日本留学帰りの起業ストーリー
   景建平氏は生え抜きの蘇州人である。1992年に日本へ渡り、芝浦工業大学の電気工学科を卒業後、仕事をしながら東京工業大学などで博士課程の研究ポストに就いていた。2007年7月、準備に1年をかけて景建平氏はカナダ留学帰りの中学校時代の同級生と蘇州凱蒂亜半導体製造設備有限公司を創設した。
   日本の有名半導体製造設備開発センターで長期にわたり先端技術の開発に従事してきた景建平氏は、数名の海外留学帰国組の学者とエンジニアを率い国内唯一となる全自動COG(Chip on glass)の生産ラインを作ることに成功した。これは彼の長期にわたる研究と実践を生かし、高精度·高度自動化検査·システムコントロールという3つの難題を解決して実現したものである。
   業界の統計では、現在国内のFPD生産設備の現地仕様化は5%にも満たず、特にCOG全自動設備についていえば1、2年前は完全に輸入に頼っていた...[詳細]
蘇州凱蒂亜会長
 
 
創達特科技会長、社長
譚耀龍氏:一生をかけて自己を証明
   第3陣の「千人計画」に入選した譚耀龍氏は、創達特(蘇州)科技有限公司(Triductor Technology, Inc)の社長である。米カリフォルニア大学ロサンゼルス校を卒業、2006年に帰国してから国際科技園に創達特蘇州科技有限公司を創設した。
   彼とその起業グループが2年以上をかけて研究開発したDSLチップは国内のこの分野における空白域を埋めるものであり、産業化のめどもついている。
    譚氏が開発したVDSLチップは、我々がインターネットに接続するときに使う「モデム」の中心となるチップである。譚耀龍氏はこのように述べた。「これまでこのチップ技術はアメリカが市場を独占している状態でした。中国は毎年このチップを輸入するために億単位のアメリカドルを費やしていたのです。私たちのグループが目指したのは、今の新しい半導体工業発展の波に乗ってこのチップを国産化し、中国人が自ら ...[詳細]
劉聖氏:起業3年で奇跡を造る
   劉聖氏は清華大学を卒業後、アメリカに渡りジョージア理工大学で博士の学位を取得した。アメリカ·ルーセントテクノロジーズ光電子支部の開発エンジニアやアメリカPine Photonics社中国研究開発センター責任者、アメリカシリコンバレーOpnext社製品研究開発部上級責任者を務めた経歴がある。
    2008年、劉氏はアメリカ留学していたほかの4人の博士らと共にためらうことなく蘇州に戻り、国際科技園に旭創科技公司を創設した。
   旭創社の設立に際して、第1号製品は10ギガ光モジュールとした。2008年の国内光モジュール市場の製品は2.5ギガ以下のものが主流だった。2009年3月、旭創科技社が研究開発した10ギガの光モジュールが見事市場に出回り、国際市場進出も果たした。10ギガから40ギガ光モジュールは主に輸入に頼りきりだったことから、旭創科技社が狙いをつけたのはまさに国内市場の突破口だったのだ。
    現在、旭創科技社が開発した40ギガ光モジュールはすでに市...[詳細]

蘇州旭創科技社長

 
百奇生物科技会長
呉純:園区で創業、ふるさとを見つけたような気持
   呉純氏はイギリス·マンチェスター大学の生物学博士で、有名企業であるBDやNew Englandlabsで働いた経験を持つ。さらにアメリカABGENT(百奇生物)社の創業者であり総裁である。呉純氏は分子生物学と免疫学の応用ツール生産研究に20年も携わってきた。
   2009年5月21日、呉純氏は園区バイオナノテクパークに百奇生物(蘇州)公司を設立した。これはアメリカ、上海に続く呉純氏の3つ目の会社である。この企業はヒト遺伝子とたんぱく質を核心とした特異抗体バンク、細胞系また関連試薬を中心とする自主イノベーションの高効率生産に携わっている。呉純氏によると、いま百奇社には約1万種の抗体と製品があり、5000近くの遺伝子をカバーしているということだ。
   園区で起業した感想を尋ねてみると呉純氏はこう語った。「『上には天国、下には蘇州·杭州』と言いますが、蘇州は中国でも国際投資が最も集中しているとこ...[詳細]
孫剣勇氏:身一つの起業から祖国での一家団欒へ
   今年6月、孫剣勇氏は中央組織部の第4陣「千人計画」に入選した。
   1993年、孫剣勇氏は清華大学を卒業後アメリカに渡り、修士の学位を取得した。その後、米シスコ社に入り、設計部門責任者、マネージャー、主任設計師などを歴任した。
   2005年に孫剣勇氏はアメリカ特許を取得した先端技術を多く携えて帰国し、園区に足場を定め、盛科ネット社(Centec Network)を創設した。
   現在、盛科ネットは国内で唯一の高性能IPイーサーネット装置核心チップとシステムプラットフォームを提供するイノベーション企業の最初の手本となっている。彼のグループが自主開発、製作した核心チップは権威機関の検査を経て世界トップレベルに達しており、アメリカなど先進国が輸出を制限してきた技術の壁を崩すものとなった。
   今、孫剣勇氏の園区での事業は日増しに発展を続けており、アメ。...[詳細]
盛科ネット社長


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